タイトル

DSPのルーツ

ディジタル信号処理は、独特な信号データを扱うことから、コンピュータサイエンスとは別の分野に区別されます。 多くの場合、これらの信号は現実世界の感覚データ(地震の揺れ、視覚映像、音波など)のようなものです。 DSPはこれらの信号をデジタル形式に変換した後、操作するのに適した数学的手法であり、アルゴリズムであり、技術です。 これは多種多様な用途(視覚映像の強化、言語の認識と生成、データの記憶や送信のための圧縮など)が存在することを示しています。 もし私達がAD変換機をコンピュータに取り付け、現実世界に溢れる大量のデータを入手するために使えばどうなるでしょうか。 DSPはその質問に答えるでしょう:次は何をすればいい?と。

DSPのルーツはデジタルコンピュータが利用され始めた1960年代、1970年代にさかのぼります。 コンピュータはそれまで高価なものでした。そしてDSPはほんのわずかな重要な用途での 利用に限られていました。先駆者達は、 電波探知機や音波探知機の研究、石油探索、宇宙探査、 医学画像というDSPを適応すべき4つの重要な分野を作りあげました。パーソナルコンピュータは、DSPの 新たな適用により、1980年、1990年代に大きな変化を迎えました。DSPは積極的な軍隊や政府のニーズよりもむしろ、 商業市場によって急速に活性化しました。DSPのベンダーは急速な市場の拡大により、突如として富を手に入れるだろう と誰もが考えました。DSPは携帯電話・CDプレイヤー・ボイスメールといった製品になって一般の人々のもとに届けられました。 図1-1で挙げられている様々な用途はほんの一部に過ぎません。

この技術的変革は、トップダウン式に発生しました。1980年代初頭、DSPは大学院レベルの 電気工学として教えられていました。数十年後、DSPは大学のカリキュラムとして標準的に組み込まれるようになりました。 今日、DSPは多くの分野の科学者や技術者に必要とされる基礎技術となっています。 以前起こった電気工学の技術革命からDSPの技術革命を類推することができます。 今でも電気工学の分野では、ほとんどすべての科学者や技術者が基本回路の設計を経験しています。 その経験をしなければ、彼らは技術界で生き抜いていけなくなるでしょう。 DSPもまた、それと同様です。

ここ最近では、DSPに対する人々の好奇心はより大きくなっています。それは、DSPを学び、利用することは、個人の能力に 多大な影響を与えるからです。 もし、DSPの問題に遭遇したなら、あなたはその解答を見つけるために、テキストや他の出版物を頼りにするでしょう。 そしてあなたは、何ページにもわたる方程式やわかりにくい数学記号、そして聞きなれない専門用語を目にすることになるでしょう。 それはもう悪夢です。DSPの文献のひどいものでは、その分野のベテラン達でも読み解くのは難解です。 しかし、その資料に問題があるわけではありません。ただ、その資料がある専門分野に特化した読者を対象としているためにそういう状況が 発生してしまうのです。 最新技術を研究する研究者たちは、研究の理論的含意を理解するために、そのような詳細な数学的記述を求めるのです。

この本は、従来学習の障害となっていた詳細な数学の知識や理論を用いずに、 もっとも現実的なDSP技術を学び、そして利用することを大前提としてます。 この本は、DSPを一つのツールとして使う人々を対象として書かれています。

この章の残りの部分で、DSPが生み出した革新的な変化について説明します。 あなたは様々な体験をしていく中で、DSPが技術的な研究を必要とする多くの分野で利用されていることに気づくでしょう。 図1-2に示すとおり、 DSPと他の専門技術との境界ははっきりしておらず、かなり不明瞭で、重複している部分もあります。 もしあなたがDSPに特化した人物になりたいなら、DSPと結びついている他の分野の技術も学習する必要があるでしょう。